ジンの進化 薬用酒から世界の定番スピリッツへ

ジンは、16世紀にオランダで薬用酒として誕生し、その後イギリスで大衆の飲み物として急速に広がりました。時代を超えて進化を遂げたこのスピリッツは、かつての「ジン・クレイズ」から現在のクラフトジンブームに至るまで、多くの人々に愛され続けています。ジュニパーベリーを中心としたボタニカルの豊かな風味が、さまざまなスタイルのジンを生み出し、今やカクテル界でも欠かせない存在となっています。この記事では、ジンの歴史、スタイル、そしてその奥深い魅力について探ります。

 


ジンの定義と製法

ジンは、ジュニパーベリーを主要なフレーバー成分とする蒸留酒です。法的にジンと認められるためには、ジュニパーベリーの風味が主となっている必要がありますが、そのほかのボタニカル(香味植物)も使用して、様々な味わいが楽しめます。

ジンの製造プロセスには、いくつかの異なる手法があり、基本的には穀物を発酵させたスピリッツ(基礎となるアルコール)に、ボタニカルを加えて蒸留します。以下に主要な製法をいくつか紹介します。

蒸留ジン
基礎スピリッツを蒸留し、その蒸留過程でボタニカルの風味を抽出します。この方法が最も一般的で、高品質なジンを作る際に用いられます。
 
コンパウンドジン
蒸留せず、既存のスピリッツにボタニカルのエキスを加える方法です。この方法は「バスタブジン」とも呼ばれ、歴史的に家庭や非公式な環境で作られていたジンの一つです。
 
コールドコンパウンド
蒸留後にジュニパーベリーや他のボタニカルを浸すことで風味を加える方法です。特にクラフトジンの製造で注目されています。
 
ジンはボタニカルによって味わいが大きく異なり、メーカーごとに独自の配合や手法を取り入れて個性を生み出しています。

 

「ジュニパーベリー」とは、ヒノキ科の針葉樹「ジュニパー」の果実(球果)。このジュニパーベリーの風味が主となって初めてジンと名乗ることができる。

ジンの歴史

ジンの歴史は非常に興味深く、薬用から嗜好品への変遷をたどってきました。 

起源:オランダのジェネヴァ
ジンの起源は、16世紀のオランダに遡ります。特に「ジェネヴァ(Genever、Jenever)」というスピリッツがジンの原型です。ジェネヴァは、麦芽を基にしたスピリッツにジュニパーベリーを加えた飲み物で、もともとは薬用として使用されていました。オランダでは医師が薬として患者に処方していたことが知られており、フランシスカス・シルヴィウスという医師がその開発者と言われています。
このジェネヴァは、後に兵士や商人を通じてイギリスに持ち込まれ、イギリス人の間で急速に普及します。ジェネヴァがイギリスに伝わった背景には、イギリスとオランダの密接な関係があります。特に、ウィリアム3世(ウィリアム・オブ・オレンジ)がイギリス王となったことで、オランダ文化がイギリスに浸透しました。

ジンの起源は16世紀のオランダで、医師が薬として患者に処方していたことが知られている。その後、兵士や商人を通じてイギリスに持ち込まれ、イギリス人の間で急速に普及。


 
17~18世紀:イギリスの「ジン・クレイズ」
イギリスに持ち込まれたジンは、すぐに大衆に受け入れられましたが、特に18世紀の「ジン・クレイズ(Gin Craze)」と呼ばれる時期が重要です。17世紀末から18世紀初頭にかけて、ジンは安価で大量に生産され、ほぼ無制限に消費されるようになりました。イギリス政府は当時、ジンの製造に関する規制をほぼ撤廃し、これが原因でジンの品質が大幅に低下しました。
 
当時のロンドンでは、街の至るところでジンが販売され、労働者階級を中心にジンの乱用が社会問題化しました。ジンは非常に強力であり、多くの貧困層がアルコール依存症に陥ったため、ジンは「貧困の酒」や「悪魔の酒」として知られるようになりました。風刺画家のウィリアム・ホガースが描いた「ジン・レーン(Gin Lane)」は、当時のジン中毒の恐怖を象徴する有名な作品です。

 
イギリスに持ち込まれたジンは、17世紀末から18世紀初頭にかけて安価で大量に生産され、多くの貧困層がアルコール依存症に陥った。写真は、風刺画家のウィリアム・ホガースが描いた「ジン・レーン(Gin Lane)」は、当時のジン中毒の恐怖を象徴する有名な作品。

規制と改善:ジン法
ジンの乱用が深刻な社会問題となったため、18世紀半ばにはジンの生産や販売に対する規制が強化されました。これが「ジン法(Gin Acts)」で、特に1736年に制定された規制はジンの品質を向上させ、違法な生産を取り締まりました。これにより、ジンの乱用問題は次第に収束し、高品質なジンが再び注目されるようになりました。
 
19世紀:ロンドン・ドライ・ジンの誕生
18世紀後半から19世紀初頭にかけて、現在のジンの代表的なスタイルである「ロンドン・ドライ・ジン(London Dry Gin)」が登場します。このジンは、ジュニパーベリーを主体とし、ほとんど無糖で非常にドライな味わいが特徴です。特に19世紀に入ると、蒸留技術の進歩により、ジンの品質が飛躍的に向上しました。
ロンドン・ドライ・ジンはその名の通りロンドンで発展しましたが、必ずしもロンドンで製造されている必要はありません。ロンドン・ドライ・ジンという名称は、スタイルを指すものであり、現在では世界中で生産されています。このスタイルは非常にクリアで、カクテルのベースとしても非常に優れており、ジントニックやマティーニといったクラシックカクテルの定番となっています。
 
20世紀:ジンの復活とクラフトジンブーム
20世紀中盤になると、ウイスキーやウォッカがより人気となり、ジンの消費は一時期減少しました。しかし、21世紀に入ると、クラフトジンブームが到来します。多くの小規模な蒸留所がジンの製造に参入し、独自のボタニカルを使用した多様なジンが登場しました。これにより、ジンは再び注目され、個性的なジンや「ニュージン」と呼ばれる新しいスタイルが生まれています。

  
クラフトジンブームの到来により多くの小規模な蒸留所がジンの製造に参入。独自のボタニカルを使用した多様なジンが登場し、「ニュージン」と呼ばれる新しいスタイルが生まれた。


 


ジンの主要スタイル

ジンにはいくつかの異なるスタイルがあります。以下は、代表的なものです。

ロンドン・ドライ・ジン(London Dry Gin)
ジュニパーベリーを主体とした非常にドライなスタイルで、最も一般的です。甘みが一切なく、ボタニカルの風味が強調されています。ジントニックやマティーニのベースとして人気です。
 
ジェネヴァ(Genever)
ジンの元祖とも言えるオランダ発祥のスピリッツで、麦芽をベースにしたリッチな風味が特徴です。ロンドン・ドライ・ジンとは異なり、より重厚で甘みがあります。
 
オールド・トム・ジン(Old Tom Gin)
18世紀に流行したやや甘めのジンです。ロンドン・ドライ・ジンが登場する以前に広く飲まれていたスタイルで、現代でもクラフトジンメーカーによって再び作られています。
 
コンテンポラリー・ジン(Contemporary Gin)
伝統的なジュニパーベリーの風味に加え、さまざまなボタニカルが強調された新しいスタイルのジンです。花や果実、ハーブの風味が際立つことが多く、クラフトジンの分野で多く見られます。
 
ジンを使ったカクテルの代表格である「ジントニック」。日本ではもっともバーで飲まれているカクテルで、男女ともに人気が高い。

ジンの長い歴史と豊富なスタイルは、カクテル愛好家にとって魅力的なポイントです。各メーカーが使用するボタニカルの組み合わせによって、ジンの風味は千差万別です。伝統的なジンからモダンなジンまで、さまざまなバリエーションを試すことができるのが、ジンの大きな魅力と言えるでしょう。